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ロゴスエモ

言葉で人の心を動かす

『アンドロイド彼女』

小説

「別れましょう。私とあなたでは、うまく行かないわ。あなたなら、またすぐに別の彼女が見つかると思うわ。」

 

 俺は年に数回ほど、このような台詞を聞く。俺の恋愛は半年以上、続いたことがない。俺が惚れることもあれば、惚れられることもある。どちらにせよ、いつも相手の女性からフラれるという結末だけは一緒だ。10人上にフラれているせいか、フラれる前に、フラれる予兆を感じるようになっていた。彼女の気を引くために、色々やってはみるものの、全部裏目に出てしまう。恋愛下手ということなのか、過去の恋愛経験を活かしきれていない成長しない男ということなのか、あるいはどちらともということなのか。自分では分からない。分かるのは、いつも気づいたら独りだということだ。そして、一月も経たないうちに、新しい彼女と付き合っている。そして、また別れを告げられる。

 

 もう、俺の心も体も疲れてしまった。デートするために、早朝出勤して仕事を終わらせたこともある。遠距離の相手とデートするために前日まで残業し、それでも間に合わなくて寝ないで飛行機に乗って、変なテンションでデートの待ち合わせ場所に向かったことさえあった。全力でデートするために、色々なものを犠牲にしてきた。それでも、その努力は報われることがなかった。今となって思えば、そういう無理、余裕のなさが、失敗の原因だったのかもしれない。

 

 彼女と別れた後も、俺は未練たらしく、リビングのソファーで別れる前に彼女と泊まるつもりだった高級ホテルのホームページを眺めていた。最高のデートにしたいと思い選んだホテルだ。温泉に入って、シャンパン片手に美味しいディナーを楽しんで、盛り上がったところで、プロポーズ。それまでの曖昧な関係をハッキリさせようと思っていた。そんな夢もシャンパンの小さな泡のように弾けてしまった。

 

「独身男性の皆さん!ついにあなたの理想の彼女が手に入りますよ!」

 

 俺はテレビから聞こえた、この言葉に反応し、視線をノートパソコンからテレビへと移した。テレビに映る報道番組の司会者が言うには、数年前から開発されていたアンドロイドがついに完成し、発売されることになったらしい。しかし、価格が約8千万円。俺には手の出せない値段だ。なんであれ、理想とは金のかかるものなのだろう。

 

「なんと、このアンドロイド、モニターを募集中です!書類選考はありますが、5名の方に、理想の彼女が届きます!もちろん、モニターテスト終了後はあなたのものです!」

 

 俺はテレビ画面に食い付く。このモニターに応募しない理由はない。すぐに、ネットでモニターの応募をした。失恋経験を書き綴ったレポートが高く評価されたらしく、見事書類選考を突破して、モニターとして合格した。

 

 金曜の夜、俺の2LDKのマンションに理想の彼女『Oasis(オアシス)』が届く。俺の予想では、テレビの空想科学ドラマみたいにダンボールに箱詰めされて送られてくると思っていたのだが、実際のところ、開発元のジェミブロ・インダストリーの黒ぶち眼鏡をかけた七三分けの真面目そうな男性社員が人材派遣会社の営業マンのように彼女を連れてきた。女性型アンドロイド『Oasis』は小柄で黒髪のショートヘアの女性だった。社員と彼女をリビングに通し、一通り社員から契約についてと説明を受けた。社員が用意した契約書にサインすると、A4用紙一枚のスターターガイドと分厚いマニュアルを渡され、社員の指示で『Oasis』の初期設定を終えた。初期設定で彼女の名前をミキと名付け、俺のことマサキと呼ばせることにした。

 

 社員が去り、俺とミキは二人きりになってしまった。席を立ち、彼女の横に座る。間近で見ても人間としか見えない。恐る恐る彼女の頬を人差し指で突いてみた。頬の弾力も肌触りも人のそれと何ら変わらなかった。外見も美人で何でも言うことを聞いてくれる。まさに理想の彼女だ。

 

 時計を見ると、夜の12時を過ぎていた。

 

「さて、寝るとしますか。」

「はい、マサキさん。就寝になさいますか?それとも性処理しますか?」

 

 外見は人間そのものだが、中身はアンドロイド。ニュアンスで言葉の意味が通じないみたいだ。

 

「俺は疲れたので就寝します。ミキさんはどこで寝ますか?アンドロイドは寝ないでいいとかだったりするの?」 

「アンドロイドとはいえ、基本は人間と同じです。私も就寝が必要です。私はマサキさんの彼女ですから、マサキさんの隣に寝かせてもらいます。」

 

 相手はアンドロイドとはいえ女性だ。会って数時間しか経っていないのに、いきなりベッドで寝るのには抵抗がある。だからといって、彼女をソファーに寝かせて、俺がベッドで寝るというのも気が引ける。

 

「会ったその日に、一緒に寝るのは抵抗があるんで、今日は別々に寝ましょう。俺はこのソファーで寝るので、ミキさんはあっちの寝室のベッドで寝てください。」

「はい、分かりました。」

 

 こうして、俺とミキと奇妙な生活が始まった。朝晩の食事も掃除も洗濯も全て、ミキが完璧にやってくれた。夕食時に俺が会社の愚痴を言っても、「そうですね。」、「大変でしたね。」と相槌を打ってくれて嬉しかった。しかし、2週間も経つと、何を言っても同じ返事で、俺から話しかけないと何も話さないという関係に息がつまるように感じていた。毎週月曜の夜にミキについてのレポートを報告することになっていたのだが、その時、ミキについて担当者へ相談することにした。

 

「ミキについて、いえ、Oasisについてなんですが、もう少し、性格に人間味を持たせることはできませんか?」

「人間味とはどういう意味でしょうか?」

「何でも言うことを聞いてくれるのは嬉しいのですが、自主性と言いますか、こちらから話しかけないと何も話さないんです。反論も雑談もないのはちょっと寂しいです。なんとかなりませんか?」

「従順すぎるのが好みに合わないということでしょうか?」

「まあ、そういうことになりますね。」

「それでしたら、専用ソフトのアップデートで対応できます。」

「専用サイトからご希望のソフトをお手持ちのUSBディスクへダウンロードしていただき、Oasisのへその奥を開いて差し込んで下さい。それでインストールできます。ただし、ダウングレードはできませんので、その点はご了承下さい。」

 

 俺は早速、専用サイトから必要なソフトを選び出してアップロードすることにした。色んなソフトがある中、『友好的』、『自主性』、『積極的会話』、『性欲増進』を選んでミキをアップデートしてみた。

 

「ねえ?マサキ、今晩何食べる?」

 

 効果てきめんである。昨日までは、「マサキさん、何を食べますか?」と話していたのに、アップデートしてからというものよそよそしさがなくなった。気持ちエロさが増したような気もする。人間味が増すとこんなに違うものなのか。

 

「じゃあ、今日は八宝菜で!」

「はあ?八宝菜?何言ってんの?そんなのうちにないよ?」

「えっ?豚肉もシーフードミックスも冷凍庫にあったでしょ?あれで作ってよ?」

「いやいや、あり得ないでしょ?なんで私が作るの?」

「彼女でしょ?」

「彼女だから料理しないといけないの?それって性差別だよね?」

「俺は外で働いているわけだし、お金も稼いでいるでしょ?」

「私は掃除と洗濯をしたわ。朝食も作ったわよね?夕食ぐらいマサキが作ってもいいよね?なんなら私、外で働くわよ?それなら文句ないでしょ?」

 

 人間味が欲しいと思ったが、そうなんだよな。アンドロイドだから何でも言うこと聞いてくれたけど、人間は自分の思い通りにならないよな。仕方がない今日の夕食は俺が作ろう。

 

「今日さ、他の部署の部長が俺に喧嘩売ってきたんだよ。年功序列で繰り上げ昇格しただけの奴がだよ?実力主義なら俺の方が上だって言うのにさ!」

「へぇー、そうなの。それより、テレビ変えていい?私、連ドラ見たいんだよね。」

「連ドラ?ミキ、ドラマ見たいの?」

「何、悪いの?私が連ドラ見たら?」

「いや、アンドロイドって、そういうの興味ないのかと思ってたから。」

「あのね。私は確かにアンドロイドだよ。でもね、人格はあるの。中身は人間と一緒。今までは我慢していただけ。本当は流行の連ドラを見たかったの。マサキは雑学バラエティーを見るのが好きみたいだけど、私、あれ嫌いなんだよね。あんなのネットで調べれば分かるものばかりだし。情弱乙って感じしかしないね。」

「ミキ、言葉づかい変わったよね?」

「何?文句あるの?」

 

 そういえば、今までは「マサキさん。」と呼んでくれたのに、いつの間にか「マサキ。」と呼び捨てにされている。フレンドリーになったと思えば嬉しい気もするが、会話も昨日と比べ明らかに雑になっている。これでは、今まで別れてきた人間の彼女と何も変わらないじゃないか。この夕飯を食べ終わったら、ソフトのダウングレードをしよう。昨日までの彼女に戻ってもらおう。

 

 夕飯後、ダウングレードする方法を専用サイトから探すが見つからない。俺は思い出した。担当者がダウングレードできないと話していたことを。他に方法がないかサポートセンターに電話をすることにした。

 

「あの~、すみません。ソフトのダウングレードしたいのですが無理でしょうか?」

「申し訳ございません。モニター用のOasisはダウングレードできません。」

「なんとかなりませんか?」

「初期化ならできますが、今回アップグレードしたソフトの再インストールはできませんが、それでもよろしいでしょうか?」

「はい。それでいいです。初期化の方法を教えて下さい。」

「アップグレード後24時間経たなければなりませんが、これからお客様に送る初期化用のUSBで初期化用プログラムをインストールしていただければ大丈夫です。明日の午前中にこちらから送りますので、明日の夕方までには届くかと思われます。」

「分かりました。初期化用USBの発送よろしくお願いします。」

 

 24時間後には、ミキは元の従順な彼女に戻るのだ。俺は安心して寝ることにした。

 

「さて、寝るか。」

「まだ、寝るには早いでしょ?私、生まれ変わったのよ?色々、試しましょうよ?」

 

 一晩明け、朝になった。今日は晴天だ。気分がいい。求めるだけのナイトライフから、求められるナイトライフに変わった。俺の人生は潤っている。今なら分かる。俺が間違っていた。ミキを初期化するのはやめよう。人間大事なのは従順さではない。仕事も家事も俺が全部やろう。毎晩、ミキが一緒にいるだけで俺は幸せだ。

 

 それからというもの、俺は仕事も楽しくなった。家に帰れば、あまり家事をやってはくれないが美人でエロい彼女が待っている。毎日が楽しく感じられる。彼女が人間かアンドロイドかなんてことは些細なことになっていた。

 

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 数か月後、俺は体調を崩し、午前で仕事を切り上げて家に帰った。マンションのチャイムを鳴らしてもミキが出てこない。買い物にでも行っているのだろうか?俺は着替えて寝室で寝ることにした。夕方になってミキが帰ってきた。買い物にしては長すぎる。俺が寝室からリビングに出てくるとミキはとても驚いた顔をした。ミキの手には買い物袋がなかった。

 

「どこに行っていた?」

「買い物。」

「こんな時間まで?」

「探しものがあったんだけど見つからなくて。」

 

 間違いない。ミキは俺に何かを隠している。もしかしたら、浮気かもしれない。ミキは外見も中身も人間と変わりない。レントゲンでもとらない限り、人間と区別はつかない。アップグレードで性欲増進もされている。

 

「何か隠しているよね?」

「えっ?何のこと?」

 

 ミキの目線が一瞬寝室に動いたのを俺は見逃さなかった。ミキの腕をつかみ、寝室に移動する。

 

「何々?痛いよ?腕引っ張んないでよ。」

「もう一度聞く。何か隠しているよね?」

「だから、何も隠していないって!」

 

 ミキの目線が寝室の右端にある引き出しに動いた。俺は引き出しを上から引き抜いて中をぶちまける。

 

「ちょっと、何やってんのよ!畳んだ服がぐちゃぐちゃになるでしょ?」

「この引き出しに何か隠してんだろ?」

 

 一番下の段の中身をぶちまけると、奥から小さな箱が出てきた。

 

「なんだよ、これは?」

「それは、その……。」

「俺に内緒で、俺の金で買ったのか?男か?男へのプレゼントか?」

「うん。確かに男だけど。」

「ふざんけんなよ!なんで浮気するんだよ!」

「浮気していないよ!」

「男なんだろ?」

「男って、マサキさんのことだよ?」

「はあ?そんな嘘が信じられるかよ?それに俺の金を勝手に使うってどういうことだよ?」

「黙っていて、ごめん。でも、それマサキさんのお金で買っていないよ?」

「ああっ?男に買ってもらったってことか?ふざけんなよ!他の男にもらったものを隠し持っていたっていうことか?」

「違うよ。私のお金で買ったの。」

「私のお金ってなんだよ?」

「もう、面倒くさいなぁ。全部話すから、リビングに戻ってソファーに座ってよ。」

「ここで、話せよ!」

「いいから。」

 

 俺はイライラしながら、リビングのソファーにミキと向かい合わせに座った。

 

「今まで隠してごめんなさい。私はマサキさんに内緒で2カ月前からバイトをしていました。そして、この箱にはマサキさんの誕生日プレゼントが入っています。中を開けて見てください。」

 

 箱を空けると、ネクタイを留めるタイバーが入っていた。

 

 「裏側を見てみて、マサキさんの名前と私の名前が入っているでしょ?」

 

 俺はタイバーを裏返してみた。

 

―愛するマサキさんへ ミキより―

 

「信じてもらえた?後2週間でマサキさんの誕生日でしょ?サプライズでプレゼントしたら喜ぶかなと思ったんだけど、誤解させてごめんなさい。」

 

 安堵した。涙も鼻水も洪水のように俺の体から溢れ出てくる。俺はいつの間にか本気でミキを愛していたのだ。自分にとって都合のいい彼女として、ミキを向かい入れたはずなのに、今では俺にとって必要な存在になっていた。そして、ミキも俺のことを好きになってくれていた。

 

「でぼ、何でぇ?だっで、ミギはアンドロイドでじょ?」

 俺は涙声で言葉にならない状態で質問した。

 

「マサキさん。私はロボットではなくアンドロイドです。人工知能があります。信じられないかもしれませんが、私にだって人並みに愛はあるんですよ?マサキさんがあの日、私にインストールしてくれた『自主性』で私の心は自由になれました。もちろん、浮気だってできます。テレビを見たり、買い物しに外を出ると色んな男性に出会います。でも、私はマサキさんのことが好きになりました。一緒に暮らして情が移ったというのもあるかもしれません。ただ、マサキさんは最初に会った時から優しかったです。私は今でも最初に会った日のことを覚えています。アンドロイドである私にベッドを譲ってくれましたよね。普通の男性は、アンドロイドにベッドを譲らないですし、最初から性処理を求めてくるものです。一週間、一度も手を出してこなかった時は、もしかしたらゲイなのかと疑いましたよ?私はマサキさんを自分よりも他人を大事にできる優しい人だなと思いました。」

 

 10年後、アンドロイドの普及に伴い、人間とアンドロイドの結婚が認められるようになった。もちろん、俺とミキは結婚した。そして、その日、俺はミキの願いで、ミキに『老化』と『パートナーと同期』ソフトをインストールした。ミキは俺と一緒に年を取り、俺が死ぬと同時に機能が停止することになった。

 

 俺とミキはこれからも一緒に笑って、泣いて、喧嘩して、死ぬまで生きていく。当たり前のことなんだろうが、それが幸せなんだと俺は思う。

 

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