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言葉で人の心を動かす

はてなブログのおかげで人生が豊かになった。

その他

 社会人になって、お金を稼げるようになり、色々好き勝手できるようになった。欲しい物は何でも買え、食べたいものを好きなだけ食べる。子供の頃、憧れていた大人になった今振り返ると、得たものと同じぐらい失ったものがあったことに気付く。

 

 俺が失ったものは、自由な時間と友人だ。

 

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 お金を稼ぐためには働かなければならない。しかし、仕事というものは大抵つまらないもんだ。毎日、つまらないことをやるのは苦痛だ。やめる人もいる。サボる人もいる。つまらない仕事を面白いものに変える人もいる。また、面白く感じられるように考え方を変える人もいる。

 

 俺は仕事人間だ。休日もビジネス雑誌を読んだり、仕事の効率化をするためのアイデアを考えている。多くの人のには理解されないだろうが、これが結構楽しい。俺は何でも首を突っ込む超お節介焼きさんだ。職場環境の改善に尽力し、結果を出してきた。既存のシステムや常識をぶち壊すのが心地よく、それを自分の思い描いた理想のものに再構築することが実に楽しい!当初の動機は己のエゴによるもので不純ではあったが、結果として、みんなが働きやすい環境になり、俺もその結果を認められ、今の地位を築けた。

 

 しかし、毎日、残業や仕事の勉強で平日に楽しめる時間がなかったし、休日になっても一緒に遊ぶ友達やデートする恋人がいなくなっていた。

 

 私生活だけを見ると、本当につまらない人生だ。

 

 大人になると、学生の頃のような本音で話せる友人を作ることが難しくなる。上司も同僚も取引先も、帰りに立ち寄る名も知らないコンビニの店員さんにさえ、建前で接するようになる。

 

 家族のいない独身男にとって、本音を話せる相手がいないことは、救いようがないほどみじめだ。そして、ついこの前まで、俺はそのみじめな男だった。

 

 そんな俺の人生は最近、充実している。本音で話せる友人ができたからだ。

 

 はてなブログは、他のブログサービスとは違い、横のつながりができやすいシステムが多くある。このシステムの扱い方に不満を述べる人たちも多い。しかし、俺にとってはとてもありがたいシステムだ。自分と気の合いそうな人のブログを読者登録し、コメントでの交流を重ね、Twitterでも絡み、メル友になったり、オフ会したり。

 

 色んな世代や境遇の人たちとやりとりできることで、俺の見識は以前とは比べられないほど広くなった。価値観も大分変化した。良い変化か悪い変化なのかは、今の時点では分からないが、数年前の自分と比べて充実しているのは間違いない。

 

 昔、『酒』、『たばこ』、『女』、『ギャンブル』をやらない俺はつまらない男だと言われたことがある。しかし、人生を楽しんでいる今の俺を見て、つまらない男だと言う人はいない。代わりに『変な人』だと言われることはある(笑)

 

 だが、俺はその『変な人』という言葉を褒め言葉だと受け取っている。俺は『変な人』を『傾奇者』と同義だととらえている。

 

 かぶき者(かぶきもの。傾奇者、歌舞伎者とも表記)は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての社会風潮。特に慶長から寛永年間(1596年~1643年)にかけて、江戸や京都などの都市部で流行した。異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのこと。茶道や和歌などを好む者を数寄者と呼ぶが、数寄者よりさらに数寄に傾いた者と言う意味である。

 彼らは、仲間同士の結束と信義を重んじ、命を惜しまない気概と生き方の美学を持っていた。1612年(慶長17年)に捕縛・斬首されたかぶき者の巨魁大鳥居いつ兵衛(大鳥一兵衛、同逸兵衛、逸平などとも書く)は、厳しい拷問を受けながらも仲間の名は最後まで吐かず、代わりに全国の大名の名を書き出してみせた。彼はまた、刀のなかごに「廿五まで 生き過ぎたりや 一兵衛」と死を恐れぬ心意気を刻んでいた。

(ウィキペディアより引用)

 

 俺はブロガーにまともな人はいないと思っている。まともな人は、ネットの世界に自分を置かないからだ。俺はこれからも『傾奇者』としての人生を歩む。そして、同じく『傾奇者』としてブログを書いている人たちと交流を深めたいと思う。

 

 来月、東京へオフ会&デートがてら旅行に行く。旅行嫌いだった俺が、毎日、旅行の予定を考えている。来月、出会う女性たちは、はてなブログでブログを書いていなければ、絶対出会えなかった人たちだ。

 

 俺は『はてなブログ』のおかげで色んな人に会え、人生が豊かになった。

 

 人生は楽しいぜ!