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ロゴスエモ

言葉で人の心を動かす

電車内の化粧問題については議論の余地はない。

消されるな、この想い 忘れるな、我が痛み

 今、電車内で化粧することの是非が問題になっている。

 

 みっともないから電車内で化粧するな。忙しいのだから電車内で化粧させてくれ。マナー違反だ。化粧をすることを押し付けているのは世間だ。色々意見があるようだが、本質が語られていないような気がする。

 

 マナー違反という意味では、化粧だけをやり玉にあげるべきではない。電車内で人の迷惑をかける行為は多い。イヤホンの音漏れ、飲食、きつすぎる香水の香り、体臭。あげればきりがない。人それぞれの背景により、許せる許せないの基準が違うため、マナーという曖昧な基準で対応できる問題ではないだろう。

 

 そもそも、化粧は誰のためにあるのだろうか?化粧を無理強いしている社会が悪いのか、見た目を良くしようとする女性が悪いのか?

 

 多くの人が美男美女を好む。また、マナー本にも女性は化粧をしなさいと書いてある。しかし、男性は化粧をしなさいとは書いていない。外見の悪い男を見ることは、女性だけでなく男性でも不快である。それなのに、男性は化粧をせずに、女性だけが化粧をして外見をできる限り良くしなければならないのだ。これは明らかに男女差別である。性差による区別ではなく、差別である。

 

 女性にだけ化粧をすることを無理強いしている男性社会が悪いのではいか?。男は中身で勝負するという風潮はあるが、世の中に、中身のある男がどれほどいるのだろうか?中身スカスカの男ばかりじゃないか?中身がないのなら、見た目ぐらい良くして、女性たちの目の保養になるべきである。

 

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 さて、電車内での化粧の是非だが、どんなに時間がなくても、他人に見られる場所ですっぴんを披露すべきではない。化粧直しはいいと思うが、一から化粧をすることは好ましくない。それはマナーとかの問題ではなく、人を人として扱っていないと思われるからである。

 

 化粧は他人の前ですっぴんをさらさないものであり、自己満足するためだけのものではない。電車内の他の乗客はすっぴんをさらしていはいけない他人であり、人である。彼らを人ではなく電車内の風景、物としてしか認識していませんよという態度を取られて、気分を害さない人は少なくないのではないか?誰だって物扱いされれば気分は悪いものだ。

 

 そこで私に名案がある。顔に大きな布を被って、その布の中で化粧をするのはどうだろうか?これなら、お互いに見られない、見ないで何も問題ないのではないか?