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ロゴスエモ

言葉で人の心を動かす

話が通じない相手には実力行使しかないのだろうか?

消されるな、この想い 忘れるな、我が痛み

 現実もネットも意見の対立が必ず起きる。いろんな環境で生き、人それぞれ色んなものを背負って生きているのだ。ぶつからない方がおかしいのかも知れない。今日は誰よりも自分のことを理解してくれる味方であっても、明日になったらいがみ合う敵になっているのかもしれない。また、その逆に昨日までは親の仇のように憎んでいても、今日は恋仲として横で寝ていることがあるのかもしれない。

 

 私たちが他人を理解した気になり、何かの拍子に裏切られたと思った時、そのほとんどは勘違いである。裏切るも何も、最初から自分たちが想像した幻想なのである。私たちが人を見る時、その人の一面だけを見て、全てを知った気になる。自分の中の人間性のパターンと照合し、勝手にこういう人だと決めつけてしまうのだ。自分のことを思い返してもらえば分かるが、人は誰も多面性を有している。それは社会に適合するために備わった正常な機能であり、恥ずべきことではない。

 

 これを書いている私は、読み手から見れば知的で魅力的に映るかもしれない。しかし、その実は、普通のおっさんである。仕事しか能がないただの女好きのおっさんである。オープンな性格である私ですら、すべてを見せているわけではない。人の多面性は自分で思っているより多いもので、中には自分自身自覚していなかった意外な一面だってあるものだ。

 

 人と交渉する時、お互いの共通する一面を見せれば成功率が高い。その見せる一面が珍しいものであるほど、得られる好感度は大きく、交渉の成功率を上げることができる。

 

 ただし、どうしても交渉、つまり話が通じない相手がこの世の中にはいる。いくらこちらの多面性が多かったとしても、合わせることができない一面が存在するためだ。

 

 それは、『人の話を聞かない』という一面だ。

 

 『人の話を聞かない』相手に話は通じない。世の中、自分の思い通りにいかないものである。それを痛感する瞬間が、この手の人と会った時である。他の共通する一面を見つけ、共感を得ようと試みても、大概うまくいかない。その手の人は、頑なに『人の話を聞かない』一面を出してくるためだ。

 

 長い年月をかければ、『人の話を聞かない』相手でも話が通じるのかもしれない。しかし、私たちが与えられた時間は有言である。結果として、実力行使に出ることになる。その最たる例が、犯罪を犯す者を捕まえることだろう。

 

 話で解決することが、理性を持った本能だけで動かない人間の特権なのだが、この理性がないのではないかと思う人間がいる。同じ人間なのにと憤るが、同じ人間だという前提自体が間違いなのかもしれない。

 

☆俺の多面性☆ 

あなたはもう頑張らなくていい。これからは、私がそばにいるから。

完熟マンゴーにバナナを入れるミックスジュースを作りたい。できれば練乳も注ぎたい。   

夏の朝が織りなす静かな色彩に癒しをもらう