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ロゴスエモ

言葉で人の心を動かす

あなたはもう頑張らなくていい。これからは、私がそばにいるから。

やりたいこととやるべきことが一致したとき、世界の声が聞こえる

 私は近しい人から、「頑張れ」と言われることがない。逆に「あまり、無理しないで。」と言われる。もうこれ以上、頑張らせたくないという状態を知っているからなのだろう。ただ、世の中、頑張って生きている人は私だけではない。仕事を終え、家事と子育て、パートナーの相手、親の介護、ご近所さんとの付き合い、挙げたらきりがないぐらいやることが多い人はいくらでもいる。比べれば、私はまだ余裕がある。だから、私は少しでも疲弊している方々の心を癒せる存在でありたい。

 

 心身共に疲弊している人たちを励ますために、私はどのような言葉をかければいいのか。励ましの社交辞令として使いやすい言葉が「頑張れ」だろう。ただ、私は「頑張れ」という言葉を人に使うのが嫌いだ。この言葉はすでに頑張っており、これ以上頑張れない人に使うのは無責任だと思うからだ。「頑張れ」を気軽に使う人は、たかが社交辞令だと言う。私は社交辞令が大嫌いだ。本音と建て前が大嫌いだ。気持ちのこもらない言葉はいらない。言葉が人の口から離れた時、その言葉は毒にも薬にもなる。残念なことに、その言葉の重さを知らない人が世の中には多い。また、言葉の真意をくみ取れない人も多い。

 

 言葉を贈る相手にふさわしい言葉を選び出しても、第三者には分からない、誤解される時がある。本当に相手のことを想って、贈る言葉は相手にしか伝わらないことが多い。だからこそ、まわりから非難されない当たり障りのない励ましの言葉として「頑張れ」がよく使われているのだろう。

 

 私は本気で励ましたい人のためなら、まわりからどんなに非難されようが、私の言葉を贈る。「頑張れ」以外のその人にふさわしい言葉を贈る。どうしても「頑張れ」の代わり言葉が思いつかない時は、「一緒に頑張ろう」という言葉を使うことにしている。一人ではない、私もそばにいるよというニュアンスが加わえることが思いやりではないか?

 

 当ブログの性質上、無限にあるネットの中で、この記事に辿りついた人は、間違いなく頑張って生きている人である。そんなあなたに私から言葉を贈ろう。

 

「あなたはもう頑張らなくていい。これからは、私がそばにいるから。」