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言葉で人の心を動かす

『傷物語〈II熱血篇〉』を見て、今の自分を誇らしく思えた。

俺について

 今日は映画館で『傷物語』という映画を見てきた。吸血鬼の女性を助けるために吸血鬼になってしまったお人好しの主人公・阿良々木(あららぎ)が戦う、ただそれだけの話だ。 

 映画を家で見るのと、映画館で見るのとはでは、余韻が大きく違う。映画館の没入感は半端ない。いつも、アクション映画を見た後で映画館を出ると、高ぶった高揚感で自分が強くなった気がする。普段の自分とかけ離れているほど、その余韻は大きい気がする。

 

 ただ、今日は、その余韻がなかった。つまり、普段の自分とかけ離れていなかったということだ。もがき苦しむ映画の中の主人公に自分を重ね合わせた時、今の自分が物語の主人公を越えていたたのだ。

 

 俺は、まわりから、よく頑張っていると言われる。その言葉はお世辞だと思っていた。

 

 俺は病気のせいで全身の筋肉がこわばるため、朝から晩まで全身筋肉痛状態で過ごしている。強い痛み止めを毎日飲むようになって、3年以上経つ。今では親知らずを抜いても痛みを感じず、骨折するまで骨のヒビに気付かなかいほど、(神経に直接触れる痛み以外の)痛みに強くなれた。

 

 日々、広がっていく痛みを歯をくいしばって耐え、家庭のことで心を削り取られ、感覚が鈍くなっていたのは知っていた。それでも、まだ普通の感覚に戻れると自分では思っていた。大好きな漫画やアニメ、ドラマで頑張る主人公たちよりは、普通の生活を送っていると勘違いしていた。痛みを感じないことを当たり前だと思い、中二病設定みたいだと笑いながらも、自分は人間として強くなっていると勘違いしていた。

 

 でも、それは間違っていた。心も体も痛みに強いということは、フィクションでは、格好いい設定だが、現実世界では人間ではない。俺は戻れないところまで踏み込んでいた。

 

 最近、リアルでも、ネットでもモテるようになった。それでも、誰とも付き合わないのは、俺のせいだ。実を言うと、俺は自分に自信がなく、相手の女性が俺のどこに惚れるのか全く理解できず、いつも一線を越えそうになると身を引いていた。俺にとって、俺のことが好きだと言う人は、とにかく怖かった。人の魅力は外見でないと自分では言っていたが、心の奥ではそれを否定していたのだろう。内面だけで人に惚れるなんてあり得ないと思っていたのかも知れない。だから、気づけなかった。

 

 俺が今日見た映画の主人公・阿良々木(あららぎ)は誰にでも優しくいいやつだ。一度は逃げるが目の前の恐怖と戦った。人のために自分が傷つくことを恐れず、自己犠牲の行動を自然に行える男だった。俺は阿良々木(あららぎ)を格好いいと思った。それと同時に、よく知っている男に似ていると思った。

 

 物語の人気キャラたちは、現実の人間と違い、生きざまが格好いい。そんなキャラが実在するんだ。惚れるのは当然だ。

 

 小さい頃に憧れていた理想の男に、俺はいつの間にか追い付いていた。無我夢中で走っていたせいか、気がつけなかった。必死に何か自慢しなくても、俺自身が自慢できる存在になっていた。

 

 こんなことをつらつらと自分で言ってしまうと、ネットでしか面識のない人たちは笑うだろう。ただ、実際の俺の仕事ぶりを見て、笑う人はいない。また、それなりに苦労をしてきた人なら、感じとれるものがあると思う。

 

 俺は今の自分を誇らしく思える。この自己肯定感は誰にも否定できない。俺は今、自分を自慢できる。