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言葉で人の心を動かす

自信がない社会人へ。俺が自信家になるまでについて話しておこう。

やりたいこととやるべきことが一致したとき、世界の声が聞こえる

 俺は自他ともに認める自信家だ。

 

 ただ、昔から自信家だったというわけではない。昔は何をするにもおどおどしていた。

 

 俺が会社に入ったばかりのころ、先輩たちは淡々と仕事をしていた。その一つ一つの仕事には、自分たちの給料以上のお金が動いていた。とてもじゃないが簡単に責任を取れるようなもんじゃなかった。

 

 学生の頃は、テストで悪い点を取ろうが、進学に失敗しようが、責任をとる必要がなかった。親や先生の期待というプレッシャーは少なからずあったが、そのプレッシャーは社会人になってから持った仕事というプレッシャーと比べれば軽いものだった。

 

 仕事のプレッシャーは本当に重く、一つ一つの仕事に責任がついてきて、自分の失敗が自分だけの問題では済まされず、先輩、上司、会社全体にまで及ぶ。学生時代に団体で行うスポーツをやっている人なら、同じようなプレッシャーを感じたことがあるかもしれない。ただ、会社でのプレッシャーは、責任を負わされる範囲が大きく、真面目な人ほど胃に穴が開く。なんせ、自分一人のミスで会社がつぶれることもあるからだ。

 

 社会人になったばかりの俺が一番驚いたのが、先輩たちは自信を持って仕事をしていたことだ。

 

 それも根拠の乏しい自信。

 

 前任者がやっていて今まで問題が起きなかったから大丈夫。前の月は何も問題がなかったから今月もおなじことをやればいい。

 

 慣れとは恐ろしいもので、『根拠のない自信』が、いつのまにか『根拠』となるのだ。

 

 そして、問題が起きたら、『前はこれでよかった。私は悪くない。』となる。

 

 真面目な人は、慣れることにいつも警戒し、『根拠のない自信』を根拠にすることはできない。だから、いつまでも自信を持てない。ただ、この自信は、本当の自信ではない。見せかけの自信だ。だから、誰かに強く問われれば、『根拠のない自信』はすぐに揺らぐ。根拠と言う根が張っていない木は、いくら大木でも強風で倒れてしまう。

 

 自信を持ちたければ、真面目な人ではなく、心配性の人になればいい。

 

 心配性の人間は、色々んなことを想定する。そして、無駄なほど努力する。

 

 ただ、この無駄なほどの努力が自信の根拠となる。努力は方向性を間違えれば無駄になることが多い。それでも積み重ねた努力は、応用力次第ではあるが、意外な形で役立つことがある。

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 あまり参考にならないだろうが、俺が自信をつけるのに使用するのは漫画だ。俺は漫画が好きだ。それもバトルものが。いつも漫画の主人公になりたいと思っている。そして、その主人公になるために努力する。体も鍛えるが心も鍛える。

 

 漫画の主人公はどんなピンチになっても諦めず機転を利かせてピンチをチャンスに変える。娯楽として客観的に漫画を読むのではなく、自分を主人公に重ねて自分ならどうするか、自分ならこういう行動に出れるかを考える。経験の追体験や、想定外の幅を狭めるために使える。

 

 ビジネス漫画を読む方が効果的だと思う人もいるだろうが、常識に縛られた世界観で学んだものでは、想定外の事態に対し、すぐに動けないことが多い。それに、ビジネス漫画では、一部を除いて命までは取られない。

 

 しかし、バトル漫画の主人公は失敗すると死んでしまう。この緊張感が仕事に役立つ。

 

 俺は、バトル漫画の設定を現実社会に落とし込む。だから、いつも命がけで仕事ができる。命がけなんで、上司を説得するために用意する資料の量も、圧倒的に多い。強敵を倒す準備は大いに越したことはない。

 

 俺の一番上の上司は役員でもあり、事務方トップでもある師匠である。

 

 師匠と俺は仲がいい、でも、仕事となれば別だ。師匠は仕事には厳しい。俺の上司は師匠を恐れ、そして、いつも怒られている。というか、俺以外に師匠を恐れていないのは、社長と副社長だけだ。

 

 師匠はあらゆることを想定して質問をしてくる。そして、その質問に対する答えをその場で要求し、その根拠もその場で要求してくる。ハッキリ言って、そんな上司に対応できる部下はいない。俺を除いては。口がうまいだけでは、絶対に乗り切れない。臨機応変に、隙のない回答を恐れずに即答しないと首をはねられる。

 

 その結果、俺の上司は何人も辞めていった。どんなにベテランでも、自信がないやつは、ついてこれない。

 

 俺の師匠はジョジョの奇妙な冒険が大好きな屁理屈屋だ。もうあれこれ、無理難題を出すし、どんなことでも言い返してくる。理屈に理屈を重ね、さらに屁理屈(へりくつ)までものせて返してくる。DIO並みに 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――ッ」と言い返してくる。

 

 もちろん、入社したばかりの俺は、すぐに思った。

 

 「会社やめよう。」と。

 

 でも、俺はそのたびに少年ジャンプの歴代主人公たちを魂に宿して立ち向かった。俺が見てきたヒーローたちはこんなことではくじけない。だから、俺も戦うぞと。

 

 何度も師匠と接するうちに、俺は気づいたのだが、師匠に怒られる人は俺も含め、みんな自信がない人ばかりで、求められる答えも、根拠となる資料も持たずに師匠の前に立っていることに。

 

 師匠は自信のない人の態度を見逃さない。

 

 師匠と戦うにはそれ相応の自信を持つ必要があるのだ。スタンド使いと戦えるのはスタンド使いだけと同じく、自信を持っている人と戦うには自信を持つしかない。

 

 そして、その自信は努力でしか得られない。

 

 俺はあらゆるビジネス雑誌、自分の仕事に関するビジネス書を読んだ。一つの仕事に対して用意する資料も無駄なくらい多い。ただ、そこまで資料を用意するようになれば、おのずと、色んな問題点を見つけれるようになる。そのたびに、その問題点の解決方法を考え、その解決法が費用対効果に見合うかを試算する。これらについやす時間が費用対効果から考えると無駄なこともある。ただ、想定外のことをできるだけ想定するためには絶対必要だったりする。そして、この時に用意した資料が次の仕事の時に役立つことが多い。師匠を攻略するために用意した資料が、いつの間にか、自分の仕事を効率化するための資料やシステムになっている。

 

 しかし、そこまでやる時間は会社では与えられていない。だから、俺はいつも暇さえあればあらゆることを問題提起しては解決策を模索する準備をしている。家で湯船に使っている時や、遠出するときに乗っている電車の中とかで色々と思案する。休みの日でもビジネス書を読むし、自分の仕事と関係のない問題についてもあれこれ考える。

 

 するとどうだろう、俺はいつの間にか、師匠とやり合えるほどのスタンド使いになっていた。スタープラチナを使えるようになっていたのだ。

 

 俺の「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」と師匠の「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――ッ」が社内に響きわたる。

 

 俺と師匠の仕事の打ち合わせは、いつも理屈・屁理屈の言い合い、俺が次々に出す資料で師匠のデスクが埋め尽くされる。そして、最後には、師匠の「いいんじゃないか?それで。」で終わる。

 

 そして、いつも終わる直前には、俺の仕事の範囲を超えた範囲の仕事の話にまでたどり着く。会社組織の構造改革まで話が及ぶ。役員が言うのはわかるが、平社員の俺が口出していいような内容ではない。それでも、結局、任されるのでやることになる。いつのまにか、社内コミュニケーションの再構築と総務部のモチベーションコントロールが俺の仕事となっていた。とはいえ、これらの宿題が終わったのは最近の話だし、解決のきっかけが社内恋愛の失敗だったりする。恋愛に対する努力が方向性を変えて仕事に生きたのだ。この件については、会社としては喜ばしいだろうが、俺としては複雑だったりする…。

 

 そんな師匠と戦ううちに俺の手元はあらゆる知識と資料、効率化されたシステムが残った。これらは、師匠のお墨付きなので仕事の根拠としては申し分ないものとなる。

 

 業界でも厳しいことで有名な師匠が認めてくれたおかげで、俺は自信を持てるようになった。

 

 社会人にとって仕事に自信を持てるということは、とても大事なことで、特に俺みたいな仕事人間にとっては、あらゆることに対する自信につながる。自信が根拠となって、別の自信となる。

 

 ただ、気を付けなければならないのは、自信は自信であり、力ではない。いくら自信があっても望む結果を得られるわけではない。

 

 俺は女性にモテると自信を持っているが、実際はバツイチ、既婚者にしか好かれない。いや、もしかしたら、それすらも思い込みかもしれない。

 

 それでも、俺は自分を信じている。未来の俺が、今と変わらず自慢話をしていることを。過去の栄光についての自慢ではなく、つい最近起こったことの自慢を。これみよがしに!